【仙台の学習塾プリント】中学歴史 明治時代その2 解答

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【仙台の学習塾プリント】中学歴史 明治時代その2 問題

2019.01.02

【仙台の学習塾プリント】中学歴史 明治時代その2 解答

01 日本は日清戦争直前に( 治外法権 )の撤廃という条約改正に成功した。
  この当時の外相は( 陸奥宗光 )である。

02 日本は日露戦争以後に( 関税自主権 )の回復に成功した。
  この当時の外相は( 小村寿太郎 )である。

03 条約改正を成功させるために舞踏会を開いたが、そのためにつくった建物が
  ( 鹿鳴館 )である。

04 19世紀末ごろから軍事力を背景にアジアやアフリカを植民地化した欧米の動きを
  ( 帝国 )主義という。

05 1894年に起こった日清戦争の原因となったのは( 甲午農民 )戦争である。
  結果として、日本が勝ち( 下関 )条約を清と結んだ。この条約の結果、
  賠償金を使って1901年に作られた工場は( 八幡製鉄所 )である。

06 日清戦争の条約の結果、日本が獲得した場所は、
  2つある。1つは( 遼東 )半島であり、また、
  もう1つは( 台湾 )である。

07 日清戦争後、日本が獲得した領土を清に返還すべきだと圧力をかけたが、
  このことを( 三国干渉 )という。
  これを行った国は、ロシア、( フランス )、( ドイツ )である。

08 1900年、中国の民衆がある宗教団体を中心に武装蜂起をしたのは( 義和団 )
  事件である。これを鎮圧しても( ロシア )という国は軍隊を駐留し続けた。

09 1902年、ロシアに対抗するために日本がイギリスと結んだ条約は( 日英同盟 )
  である。

10 日露戦争のときの講和条約は( ポーツマス )条約であり、( アメリカ )
  という国で交渉が行われた。この条約では、( 樺太 )の南半分と、
  ( 南満州 )鉄道を日本が得た。しかし、( 賠償金 )は
  得ることができなかった。

11 1904年に起こった日露戦争の時に、弟を思って歌った「君死にたまふことなかれ」
  の作者は( 与謝野晶子 )である。  

12 1910年、日本は朝鮮を完全な支配下においた。これを( 韓国併合 )という。

13 1911年、( 孫文 )を指導者とする( 辛亥 )革命がおきた。
  彼は( 三民 )主義を唱え、1912年、( 中華民国 )という国が
  成立した。この国の首都は( 南京 )である。

14 19世紀末から三井や三菱などは銀行を中心にさまざまな会社を支配した。
  これを( 財閥 )という。

15 帝国議会で、( 足尾 )銅山の鉱毒問題をとりあげ、農民とともに鉱山の
  操業停止を訴えた人物は( 田中正造 )である。

16 「我輩は猫である」「三四郎」などを書いた明治の文豪は( 夏目漱石 )である。

17 「荒城の月」などを作曲した人物は( 滝廉太郎 )である。

18 口語文の「浮雲」を発表し、近代文学を開いた人物は( 二葉亭四迷 )である。

19 岩手県出身で、「一握の砂」の作者は( 石川啄木 )である。

20 医学の分野で、赤痢菌を発見した人物は( 志賀潔 )である。

21 ドイツのコッホに学び、破傷風の血清療法を成功させたのは( 北里柴三郎 )である。

22 ドイツに留学した軍医で「舞姫」などを書いた作家は( 森鴎外 )である。