【仙台の学習塾プリント】中学歴史 江戸時代その3 解答

中学生の歴史の江戸時代(後期)に関する一問一答をまとめました。
このページは、解答編になります。

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【仙台の学習塾プリント】中学歴史 江戸時代その3 問題

2019.01.02

【仙台の学習塾プリント】中学歴史 江戸時代その3 解答

01 1825年、外国の船が来航したら追い払う( 外国船打払令 )という法令が
  出された。これを批判した蘭学者は高野長英と( 渡辺崋山 )である。

02 19世紀前半におきた( 天保 )のききんの影響を受け、1837年、もと奉行の役人で
  儒学者であった( 大塩平八郎 )は( 大阪 )という都市で乱を起こした。

03 19世紀前半に行われた( 天保 )の改革は( 水野忠邦 )によって行われた。
  物価の引き下げをはかるため、( 株仲間 )の解散を行ったり、でかせぎに
  来ている農民を農村に帰させる( 人返し )令を出した。

04 岡山藩では、1855年、農民の不満をそらすため差別強化を行った。この翌年、
  差別された人々が( 渋染一揆 )という反対の一揆を起こした。

05 1853年に訪れた黒船は( アメリカ )という国から来た船である。
  その国の使節は( ペリー )である。また、黒船が現れた
  浦賀は現在の( 神奈川 )県にある。

06 黒船が訪れた翌年に日本が結んだ条約は( 日米和親 )条約である。
  その時に、開港された港は2つあり、1つは( 下田 )で
  あり現在の( 静岡 )県にある。
  もう1つの港は( 函館 )である。

09 1858年、日本が結んだ不平等条約は
  ( 日米修好通商条約 )である。この条約は外国人が犯罪を
  おかしても、日本人が裁判ができないという( 治外法権 )を認め、
  安い外国製品に関税をかけることができない( 関税自主権 )が
  ないという条約であった。

10 反対派の意見をおさえ、朝廷の許可を得ないまま、日米修好通商条約を結んだ人物は
  ( 井伊直弼 )である。この人物は( 大老 )の役職であった。

11 日米修好通商条約で開港されたのは、函館・神奈川・( 新潟 )・
  ( 長崎 )・( 兵庫 )の5港である。

12 開国の結果、貿易が始まったが輸出の約8割をしめたのが( 生糸 )であった。
  また、最大の貿易相手国は( イギリス )だった。

13 開国後、政治や経済が不安定になると、外国と幕府に対する反感が高まった。この中で
  外国の勢力を追い払い、幕府を倒そうとする運動を( 尊王攘夷運動 )という。

14 橋本左内や吉田松陰らを処刑した人物は( 井伊直弼 )である。また、
  彼が行った政治を( 安政の大獄 )という。その後、彼は( 桜田門外 )で
  水戸の浪士に暗殺された。

15 1862年に、薩摩藩でイギリス商人が殺害された。これを( 生麦 )事件という。

16 1863年に、外国船に砲撃を加えた藩は( 長州 )藩という。
  その報復として、翌年、連合艦隊に( 下関 )という都市を攻撃され、
  砲台を占領された。

17 土佐藩の( 坂本竜馬 )の仲介により、薩摩藩と長州藩は
  ( 薩長同盟 )を結び、幕府を倒す計画を進めた。

18 1867年、将軍( 徳川慶喜 )は、朝廷に政権を返すという、
  ( 大政奉還 )を申し出た。これに対して朝廷は( 王政復古 )の
  大号令を発した。

19 1868年、旧幕府軍と新政府軍との戦いが起きたがこれを( 戊辰戦争 )という。
  この戦争は( 鳥羽・伏見 )の戦いから始まった。

20 旧幕府軍は最後に( 函館 )で降伏した。
  最後の抵抗をしてたてこもったのは、その都市の( 五稜郭 )である。


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